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田植え実習

2012.06.18 つれづれ

ごぶさたしています。
娘も無事、志望校に入学し楽しく登校しています。
私は、小学校の役員を引退し、本屋の倉庫でパートをはじめました。バタバタと日々をすごしています。

さて、娘は農業高校に進学しました。
学科は、家庭科を専門とする学科ですが、
調理実習では、食品加工の学科で作った味噌を使ったり、
園芸系の学科が作ったハーブを使ったり、
こうしてみると、農業がどれだけ私たちの生活に不可欠なものか思い知らされる毎日です。
そして、今日は一年生の恒例行事、田植え実習でした。
上の写真は、皆で圃場にむかっているところ、そう、雨だったのです。
校長先生からは、数千年続く、日本人の文化の源であるとのお話がありました。そして、田植えは雨が当たり前とも。

広い広い水田。
その幅いっぱいに、2クラス+手伝いの保護者=およそ100人が2列、
たんぼの中程に向かい合わせに並び、
バックで進んでいきます。

並びはじめた様子です。


手には、こういうのを持って。


ガイドになるロープがピンと張られ、それには等間隔に赤い印がついています。それを目安に苗を植えて行くのです。

ぴっと、笛が鳴るとロープが移動します。
ロープが位置についたら、再度笛が鳴り、自分の前のマーク(4~5ヶ所)に苗を植えます。
そして、一歩後退。足あとをならす。

2時間ほどの作業でした。
水の感触、泥の感触、雨が強くなったり弱くなったりを感じながら。

終わったらまず、側溝で手足を洗いました。
そこには、こんなものが。



久しぶりに見ましたね、アメンボ。
よくみると、生まれたばかりの小さなおたまじゃくしも。

娘のおかげで、3年間貴重な体験ができそうです。
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新しいアトリエから

2011.12.31 つれづれ
1112みしん部屋
とりあえず、かたづいたユーティリティ、あらため「アトリエ」を。
奥の棚には、まだ段ボールの中にある、副資材が詰め込まれていく予定。

みどりちゃんが首から下げているのは
ザルツブルガーゲシェンクの鏡と
仕事中、見失わないようにストラップをつけている糸切り鋏。

明日は、おせちの下準備や、段ボール開梱の続きや
紅白や、それに義父も泊まりにくるので
ひとまず年末のご挨拶をさせていただきます。

今年は、いやほんとうに、いろんなことがありました。
震災はもちろんですが。
父が亡くなり、義母が入院し、家を建てました。
疾風怒濤の1年が終わろうとしています。
大変だったけど、悪い年だったわけじゃなかった、
そういうふうにいつか、振り返ることができればいいなと思います。

ミシン部屋には大切なものがたくさんあるけど、その中でも
父の愛用のラジオと、母から譲り受けた庄三郎。
ラジオを聴きながら、庄三郎で裁断をし、
階上から、子どもたちの足音を聞きながら
年が明けたなら、普通のソーインガーに戻ります。

WEB内覧会というものも、あこがれますが、
うまくできそうにありません。
気が向いたときに、暮らしの一部として、
おうちの紹介もしていけたら、と思っています。

今年もたくさん遊んでいただいてありがとうございました。
来年もよろしく。
来年もいい年でありますように。

勉強しなさすぎな娘に

2011.10.02 つれづれ
なけなしのお金をつぎ込んで塾に通わせ始めたけども
まったく勉強しようとしない娘。

私のポリシーとしては、義務教育に塾はいらない。
良くも悪くも、中学校で習うのは、塾の必要な内容ではない。
ぜーんぶ暗記なんだから。
ただ、ちょっとコツのいる暗記。
気持ちを入れて、その暗記をやり始めたら
そんな「コツ」自分で見つけられる、と思っていた。
私はそうやって、塾にまったく行かずに大学に行った。
時代が違う?そうかもしれないけど、
私が30年前につけた知識で、ほぼ娘の勉強は見てやれてる。
気持ちをいれて、暗記したことばかり。
そして、覚えてから30年間、いろんな経験の中でこなれたきたこと。

自分から塾に行かせてくれと言ったし、
このままでは、高校に落ちるくらいではすまない
日本人としての常識も身につけないままに社会にだすことになる、
という危機さえ感じられる点数をとるようになった。
他の人が、どのくらい勉強しているのか知ればいい、
自分がどれだけ、自覚が足りないか知ればいい、と思って
塾に入れた。

塾は楽しいみたい。
家に帰ってもあまりにも勉強しないから、
宿題が出されても、じっくり向き合おうとせずに
ばたばたと、とりあえず回答欄を埋めればいい、というようなやり方だから
「頼んで行ってもらってる塾じゃない、やめてもらって結構よ」と
何度も雷をおとしても、「やめたくない」と。
「じゃあ、もっと、やる気をみせなさい」といえば、「はい」というけど。

その舌の根も乾かぬうちに、だらだらテレビ、ネット、ケータイ。

とりあえず、娘のお気に入りフォルダをかくした。
嵐とAKBのブログだらけ。
AKB全員のブログをほぼ日参してチェックしている。
お前はあほか。

いい点数をとったら、お小遣いをやる、とか。
そういうのは大嫌い。
同じように、勉強しないからお仕置きに、というのも
大嫌い。
勉強はそういう風にするものじゃない。
でも、もう限界。

次、自覚を感じられない行動をしたら、ケータイへし折ります

じーじの記憶

2011.09.04 つれづれ
昨日、ふと娘が
「じーじの血液型ってなに?」と尋ねてきました。

「O型」

「んふふ。」

「?」

「小さいころ、何回聞いても『オレはガタガタ』っていうから
 ほんとにそうかと思っていた頃があったよ」って。

まったくふざけたオヤジです。

夏の終焉

2011.08.21 つれづれ
今日、吹奏楽コンクール九州大会が終わりました。
娘の所属する中学校の吹奏楽部、
3つの熾烈な予選を勝ち上がって今日の日を迎えましたが
やっぱり普門館(全国大会会場)は遠かった。

運動の苦手な娘が、消去法で選んだ吹奏楽部。
しかし、蓋をあけてみれば
他のどの部活よりも活動時間は長いし
とにかく1年生は夏まで、腹筋腹筋腹筋。
「だまされた・・・」って言ってました。
楽器を持たせてもらえて、音がちゃんと出るようになった頃
なんだか、楽しくなってきたかもしれない、って言いました。

2年の夏、部活をやめそうになったこともありました。
あの時は、私も辛かったなあ・・・トオイメ
ちょっとしたトラブルが原因だったんだけど。
先生も待ってくれたし、友だちも支えてくれた。

名前の通り、のんびりやさんで競争を好まない娘。
このキビシイ部活を、円満引退の日までがんばれたことは
ほんとに素晴らしい。

九州にいくつ中学校があるかしりませんが
今日のステージを踏めたのは25校。
なかなか出れるもんではないんですよ、やっぱり。
30年前の私は、憧れても憧れても届かない夢の舞台でした。
吹奏楽はチームですからね。
たぶん、どんな競技よりも(吹奏楽は競技、ではないけど)大人数のチーム。
ひとりひとりの努力とチームワーク。
そしてそれを引っ張る、ときにはうしろから押す指導者。
すべての結晶だから。
全国大会には行けなかったね、って子どもたちは言ってたけど、
まあ、君たちは君たちで、とっても素晴らしかったって言ってあげたい。

指導の先生は、音楽は聴いていただく人があって
聴いてもらって喜んでもらう、感動してもらう、ことが一義であり
点数化したりするのはなじまないと思う、
上位大会へ、って目指してきた君たちに、
今理解することは無理かもしれないけど。
っておっしゃってました。
結晶のひとかけらだったことを誇りに思って欲しいです。
キラキラした結晶の。



さて余談です。
私も中学高校とブラス少女でした。
娘とちがって(?!)熱心にやってました。
気持ちはね。
でも、九州大会の舞台は夢のまた夢でした。
まさか、娘の応援でその舞台を見る日がくるなんて
その頃の私に教えてあげたいです。
それでもあの頃の私は
「いや、私が自分で舞台にあがりたい」っていうでしょうけど。

今日ねえ、出番紹介の時に「福岡県代表  〇〇市立××中学校」って
コールされたんですよ。
震えました。
ああ、九州大会では「福岡県代表」って呼ばれるんだなあ。って。
吹奏楽部のウラは娘よりたくさん知っているつもりだったけど
このことは、知らなかったです。

いい夏でした。
私にとっても、30年来の夢がかなった夏でした。



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